2015/12/31

さよならFC先生

FC 3rdが公開されました。これをもってチームFCは解散となります。

CV公開までの経緯を話してゆきます。
8月の終わり、戦グルとナランハを終えて名古屋へ帰る道中、TwitterのDMにてAyatsume(元Irvine)さんにPSACupどうしましょうかという説明をしました。このときの僕は、非公式チームへ成り下がるのは嫌だな~と思い、同じような状態のチームを探して徒党を組んで出場しようかなとぼんやり考えてました。
Ayatsumeさんからの返事は「何年も活動が滞っており、このままズルズルと今の状態を長引かせていてもメンバーの方々に迷惑もかかるのでスッパリと解散させたい(要約)」というものでした。電車の中で少し驚きましたが、なんとなく予想はしていたのでそのまま二つ返事。しかしいきなり解散というのはあまりにも虚しい(というのも戦グルやナランハで「FCの活動はないの?」みたいなことを何回か言われた)ので、最後にCVを作って終わるという方向へ話が進みます。

とりあえずの話をするために連絡の取れる現メンバーのDMグループを作成し、解散についてとCV作成についての賛否を聞きました。全員が賛成だったので特に行き詰まることなく話は進みました。編集は宮菜さん自ら買って出ていただき、動画数が足りないので元メンバーを招待することに決まりました。
期限を9月中とし、年内の公開を目標にそれぞれ撮影に挑みました。しかし動画がなかなか揃わず、結局11月半ばまで長引きました。曲もまだ決まっておらず、正直企画倒れ感満載でした(余談だが、FC3rdの企画自体は3年ほど前に一度始まっており動画も提出したが企画倒れとなった)。ただ、やもりんの激励などもありCVの方向性がだんだんとハッキリしてきました(この時点で11月末)。

12月23日、バイト中にDMが飛んできたので確認すると、CVが完成したというので確認しました。内心もっと時間がかかると思っていたのですが、なんとか年内に公開できそうと安心しました。CVの感想と修正点だけ伝え、公開日を大晦日に決定しました。
その後Ayatsumeさんに公開と公開時のJEBでのメッセージをお願いして今に至ります。
個人的にかなり良い形で公開できたのではないかと思います。何年も音沙汰なかったチームがいきなりCV公開するってかっこええ~と思い、最初の条件にもチームメンバー以外口外禁止の制約をつけてました。あんまり言うとダサいですね。

自分の動画



元々Esplend.の落選動画です。落選したものの僕自身がこの動画好き(≠上手い)なので陽の目を浴びずに葬るのは勿体ないと思い提出しました。なので撮影日は8月の夏真っ盛りです。日焼けはダメ。

編集及び動画集めに奔走してくれた宮菜さん、そして突然のお願いにも快く了承していただいたチームメンバーの方々、長い間FCを率いていただいたリーダー、本当にありがとうございました。僕はこの企画がFCとして最初で最後の活動なんですけど、しっかり形として残すことができ大変光栄です。改めてありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

---

SoY2015でTethnic5thに5票投票した"ガイジ"は私です。罵ってください。
未分類 | Comments(0) | Trackback(0)
2015/12/16

私のペン回しの歴史 ~Prague編~

色々なペン回し話が散見されて少し食傷気味なので、箸休め的に僕のペン回し史すなわちペン回史を紹介します。

■出会い
まずペン回しというものの存在を知ったのは、僕が小学3年生ごろだったと記憶しています。僕と兄と岐阜に住む2人の従兄弟とで同じ英会話教室に通わされていたとき(余談だが僕はtwentyが言えなかったため辞めた)に、従兄弟が兄にノーマルを教えているところを目撃したのが始まりです。そこから兄経由でノーマルを習得しました。今から12年前のことです。

■黎明期
小学5年生のころ隣町に家を引っ越したことにより、近所に文房具屋ができます。当時ゲームぐらいしかすることのなかった僕はその文房具屋に入り浸るようになります。ある意味ライフワークと化し、文房具を無駄に買っていたのを憶えています。そのころ購入したペンの一つが毒栗で、ノーマルがし易いことに気づきます。また、キャッチミスでペンが半回転多く回ることが稀にあり、これをわざとして身につけれないかと練習しました。シングルアクセルを習得しました。

さらに、この時期にソニック・フェイクトソニックの存在を知ります。ノーマル以外の回転を目の当たりにし驚きましたが、軌道がわからなかったために習得には至りませんでした。

■転換期
中学2年生の春、テレビでアレをたまたま見ます。ペン回し日本大会の映像(各放送局が選手ごとに密着したもので、テレビっ子だった僕はSEVENさんPespさん337さんのものを目にしました)です。元々「なんかペン回しすごいらしい」と漠然とは知っていたのですが調べるまでに至らなく、ノーマル~たまに成功するトリプル辺りで満足して自己陶酔していた自分にとって大きな衝撃を受けます。ものすごく格好よく見えたのです。「こんな風になりたい」と。

思えば上に書いたとおりゲームぐらいしかしてなかったので、当時は完全に没個性の無気力人間でした。また、特技なるものは欲しいと考えてはいたが、いかんせんこんな人間なので表舞台で華々しく目立つというよりはどちらかと言うと人の少ないマイナーなものを好く傾向にあり、ズルズルと「やりたい」だけで終わっていたのが当時の現状でした。そんな中このビッグニュースを知り、ペン回しというジャンルそのものに興味が湧きました。以前からその興味は持っていたと言えば持っていたのでしょうけど、このときに沸騰したのです。

そこからは探求と練習です。僕の場合は時期が時期だったのでこんな本がありました。持ってる方いるでしょうか。


基本技の多くはこの本から学びました。今パラパラと見返すと、リバースのページに折り癖がついており「苦労したんだなぁ」と懐かしい感情に。
ネットでは主にTHE FAN OF PENSPINNINGというサイトのお世話になっていました。資料室やステーションなども素晴らしいのですが、なぜか自分は(言い方が悪いが)マイナー寄りなサイトに入り浸ってました。といっても僕が見ていたころはもう更新されていなかったのですけどね。

もう一つお世話になったサイトがあったのですが、探したのですが現在消えているようでノスタルジーには浸れませんでした。名前もうろ覚えで申し訳ないのですが、確かspinning gardenだったと思います。kikiさんが運営されていたサイトで、当時父親のオフルであった家族共用のマッキントッシュではほとんどのサイトの動画が見れなかったんですよね。そんな中このサイトだけは動画が再生されたので、数少ない参考動画として拝見していました。NeoSA233など少し込み入ったコンボはここを参考にして覚えました。

ノスタルジーついでに余談と前置いて当時のことを書いておきます。上記の通り普段使っていたパソコンは型落ちの型落ちでしたので、(何故かは分からないが)YouTubeなど一切見ることができなかったです。なので僕はLANケーブルをWiiに差し替えて、Wiiを通して数々のCV・ソロビを見ていました。さらに気に入った動画を落とすことなんて出来なかったので、テレビ画面直撮りで画質の悪い携帯で動画を撮影し、色々な所に持ち歩いて見ていました。テレビも14インチのブラウン管なので、直撮りしたそれはもう酷いことになってるんですが、それでもあの日々は楽しかったですね。ちなみにこれを撮影したときはなかなか辛いものがありました。
そんな微妙なネット環境だったので、やりたいことできる今は幸せかもしれません。

当時の動画を紹介します。microSDの奥底に残ってました。



最初に組んだFS。というか技数が少なくアドリブができなかったのでこうなってます。初々しさがかわいい。



少し練習して暦半年ぐらいになったころのFS。撮れたときは嬉しすぎて母親に動画見せた。
しばらくはこんな感じで自分で動画撮って自分で眺める日々でした。これも非常に楽しかった。そんな生活が3年ほど続きます。

高校に上がってすぐにこのブログを開設しました。確か登校日の前日とかで、初めの記事には「明日から高校です」みたいなことが書かれてたと思います。見なくていいです。ブログというのは僕にとっては革新的で、当時いわゆるウマコテさんのブログをずっと巡っていたので、ブログを書くことに強いあこがれがあり、さらに情報を受け取る側から発信する側になったということに強い快感を覚えました。あんまり説明しても伝わらないと思うので、当時の記事数見てもらえればなんとなく察してもらえると思います。

当時はブログの更新が生き甲斐だったみたいなところがありますが、相変わらずペン回しはしてました。といっても何も変化はなく相変わらず自分の動画をニヤニヤ見るだけです。このころに携帯を買い換えて一気に画質が良くなったことにより一層拍車がかかりました。また、Twitterもブログ開設の翌月に友人の勧めで始めていましたが、誰をフォローしていいかわからず、本当の意味での独り言をたわごとのように繰り返していました。

■活動期
高校2年生のころでしょうか。この時期になると、自分の中で「上手くなった状態で突然登場するセンセーショナルなデビューを飾りたい」という気持ちと「なんでもいいからCVというものに出てみたい」という気持ちが葛藤し始めます。結果的には後者が勝ってしまうのですが、僅かな反抗として適当な動画を提出するという極めて悪質な方法でなんとか自我を保っていました。もちろんそんな動画で審査に合格するはずなく、審査落ちを経験します。「受からなくても本気の動画じゃないから大丈夫」という言い訳も上記の行動の理由にあったと思います。

いくつかの審査落ちを経てskyriver2ndというCVに合格します。このときの提出動画は今見返してもそれなりに恥ずかしくない内容というか比較的僕の好みの動画なので、この動画でデビューできたことに少し安心しています。
ところでskyriver2ndをご存知でしょうか。今となっては恐らくネット上に存在していないので見ることは不可能に近いですが、色々問題となったCVと僕は記憶しています。ある意味鮮烈なデビューとなりました。
CVには参加できましたが、しかし本腰入れて活動するにはまだ早すぎると考えてダラダラしてました。たまになんとなくJEBをチェックして、なんとなく動画を出してた気がします。

そんな中、五寸釘FINALというCVに参加します。これも特に考えもなく動画を提出したのでコマ落ちしています。けど受かったので嬉しかったです。その後五寸釘氏がわざわざこのブログまで足を運び、僕を名古屋オフに誘ってくれました。これは非常に嬉しかったのですが、「実力も知名度もなく浮いてしまうのではないか」という懸念と「スピナーに会ってみたいという」思いが交錯し、勇気を振り絞って前向きな返事を書きました。オフに行くことを決意しました。

オフ会には現在でも親交のあるHakubiやentertainerなどなどがいましたが、コミュニケーション能力に難のある僕は恐ろしい所に来てしまったと隅でペンを回してました。かなり緊張していたのでまともに回せていたわけないのですが、entertainerが「コンボ教えて!」と初めに話し掛けてくれたことを今でも憶えてます。ちなみに彼はベージュのカーディガンを着ていた。本当に憶えてます。
そんなこんなで初めてのオフ会は大成功に終わり、その後の流れでTwitterの交換をしました。というよりは僕が勝手に探してフォローしただけなのですが、やっとこさスピナーの友達ができました。

それからは特に変化もなく細々と現在までやってきています。思い返せば初めてのオフ会がターニングポイントになっているので、五寸釘氏には感謝です。このとき以来一切会っていないけれど。

一度少しナイーブになって「ペン回しに費やしてた時間他のことに使っていたら」なんてことを考え、気分転換にギターを始めてみたのですけど、全く上手くいかず「もう俺にはペン回ししかないんだ」とむしろ前向きに開き直ったことがあります。ここまで続けてこれたのってペン回ししかないんです僕は。本当にペン回しには感謝しています。

ありがとうペン回し。
未分類 | Comments(3) | Trackback(0)
 | HOME |